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リクエストは揺るぎなく

2015.12.17猪俣恭子

かつて銀行で研修の仕事をしていた時のこと。
あれは確か窓口応対研修。
私は研修が滞りなく運営できるよう、
事務方として張り切っていた。

研修開始まであと15分ほど。
事務室で準備物の最終確認をしていた、その時だ。
「すみません!」
大層慌てた声が入口から聞こえた。
見ると一人の女性がそわそわと立っている。
研修の参加者だ。
「あのー、あの・・・」と言いながら、
小走りで近づいてきた。
困ったような、悲しそうな顏をしている。

「どうしたんですか?」
「今日、窓口応対研修に参加する者です。
 事前課題を電車の棚に忘れてきてしまいました。
 どうしたらいいでしょう?」
事前課題とは、セールス商品の説明チラシを作ってきてください、
というもの。
研修のロールプレイで使うものだ。

「そうですか。大丈夫ですよ。
 講師のKさんに伝えておきますから>
なくても大丈夫でしょう」
「あっ、はい・・・。お願いします・・・」

すごすごと彼女は事務室を後にした。
後ろ姿に元気がない。
その直後。

「福田さん、ちょっといいですか?」

その声は、担当講師のKさん。
Kさんは、以前は営業店で窓口リーダーを何年もしていた方。
一緒に働く仲間から頼りにされていたのはもちろんのこと、
お客様からも信頼を得て、多くのファンがいらっしゃる方だ。
話し方も行動もてきぱきしていて、
一本筋が通っている素敵な女性である。
そのKさんが、たまたま隣の部屋にいたのだ。
さっきのやりとりを聞いていたらしい。

「うちの研修の参加者ですよね?」
「はい、そうです」
「福田さん、さっき『事前課題はなくても大丈夫』って言いましたよね」
「はい」
「でも、その事前課題は、あの人が仕事が忙しい合間を縫って、
 研修に必要なものと、一生懸命準備したものなんじゃないの?
 彼女の代わりに福田さんが駅に確認することだってできますよね?
 あの事前課題を使うのは午後だから、ぎりぎり間に合うんじゃないのかな。」

まったくそこまで気が回らず・・・。
言われてしまった。情けない・・・。

返す言葉が何もない私に、Kさんはこう言い切った。

「福田さんは、この銀行の研修担当者として、
 参加者のことをそこまで考えられる人になってほしいと思います」

批判でもない。非難でもない。
ただそこにあるのは、
研修担当者になってまだまだ未熟な私への、
温かい期待の言葉だった。
それは、静かな波のようにじわじわと心に広がってきた。

私はオリエンテーションの準備があったので、
隣にいた先輩が代わりに駅に電話をかけてくれた。
運がいいことに、忘れ物として届けがあり。
昼休みに本人が取りに行くことができた。
その後、彼女は「ありました!」と
顔をほころばせながら報告に来てくれた。

仕事に慣れようとばかりしていたために、
研修担当者としてどうありたいのか、
どうなるべきなのか、
一番大切なことを忘れてしまっていたあの時。
kさんから「がつん」と言われ、目が覚めた。

相手に「こうなってほしい」というリクエストは、
真っ直ぐなほどいい。
言葉の意味どおりに相手に届く。

「こんなことを言って相手から悪く思われたくない」
「こんなことを言って相手が傷ついたらどうしよう」
自分の何かを守るような気持ちを隠しながらの
リクエストはしないほうがいい。
その言葉の裏に何があるのかと、
余計なことまで相手は考えてしまう。

リクエストをする時は揺るぎなく。
そういうリクエストが相手のこれからの行動を変える。
パワフルな後押しにもなっていくから。

・・・・・・・・・

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